Typhoon文庫

Typhoon文庫とは…
Dolpoのパイオニア、故・吉永定雄 、故・ 大西保
そして、水谷さんから頂いた山、旅、極地、地図、民族学、岳人、岩と雪、等々
の書籍。




吉永定雄


1957年 山徒クラブ入会
1959年 大阪山の会
日本山岳会・日本ネパール協会・各会員






海外
1966年 カナダ~アメリカ~メキシコ縦断登山(自動車利用7ヶ月)
(ロブソン~ロッキー~ポポカテペトル~オリサバ)
1971年 大阪府岳連隊西ネパール、カンジロバヒマール
(往路キャラバン35日、ツオカルポ・カン初登頂)
1977年 大阪山の会、西ネパール、カンチュンネ登山隊
(吉永さんカトマンズまで、登頂できず)
1997年 西ネパール カンテイヒマール偵察(ジュムラ~ムグ)
1998年 西ネパール(ムグ~ナムジャラ~チベット国境~シミコット)2000
2000年 トルボ地方(シミコット~国境峠往復~ナラカンカール峰)
2001年 ムスタン(ジョムソン~ランチュン・チョルテン~ローマンタン~チエゾン・ゴンンパ~無名峰)
2003年 トルボ地方(ジョムソン~サンダ~ツカルカ~サルダン~シェーゴンパ~アラニコチュリ峰・BC~ポカラ)

国内
1968年9月 北岳バットレス中央稜、Ⅱ峰独標ルート
1967年 北岳バットレス中央稜、厳冬期第3登。錫杖岳前衛フェース
1965年~70年 穂高岳、笠ヶ岳穴毛谷、御嶽山、富士山、冬山参加

訳書
1975年「ヒマラヤ巡礼」ディヴィッド・スネルグローブ 白水社 
1979年 「わが山エベレスト テンジン自伝」マルコム・バーンズ 白水社
1990年 「マウンテンワールド」同朋出版社
1998年 「ビヨンドピーク初登頂」ナカニシヤ出版 ニコラス・クリンチ 薬師・吉永共訳

解説
1990年 「ドルポ」大谷映芳 憧のトルボ(解説文)
「カンジロバのことども」 吉沢一郎古希文集
「トルボ地方の宗教について」日本ネパール協会 
その他・多数

地図
1977年 世界山岳地図集成 学習研究社
西ネパール・カンジロバ山 、トルボ、ムグ地域、多数寄稿

その他
「好日山荘往来」上・下、大賀 二、ナカニシヤ出版、出版サポート




大西 保 


大阪山の会
日本山岳会
日本ネパール協会各会員
HAJ
Himalayan Club India



1942年、大阪市天王寺区に生まれ、大学在学中から大阪山の会会員として活動。
1966:ネパール・ヒマラヤ登山禁止のため約1年かけた北米縦断登山が最初の海外登山であった。 500ドルの持ち出し自由化の年で、カナダではロブソン南壁、アッシニボイン西壁、 サー・ドナルド東壁、バガブー岩峰4座。アメリカに入り、ホィツトニー東壁、
マウント・レイニャー、ティー トン南壁、ヨセミテ・ノーズ試登、ワイオミング、コロラドのボルダーなどとメキシコ3座などに登る。
車を購入して全行動移動した。売却価格との差、ガソリン代が交通費であった。
1971~1979:会の2度のカンジロバ山域登山隊に関与してトレッキングを楽しむ。
アンナ、ランタン、クーンブを毎年歩く。
1980:ロールワリンからラムドンゴ(5925m)、
パルチェムツェ(パルチャモ618 m)。
1981~1983:韓国のインスボン、ソニンボン、ソラクサン、クムスーサンの岩登り、アイスクライミングに没頭し、週末に数十回訪韓。台湾玉山、南梓仙渓右俣初遡行。
1984:クーンブ・ロブジェ・ウェスト(6065m)北壁から初登頂。
1985/86:日韓合同冬季タウチェ(6495m)北東壁ジャパニーズ・ルート(遭難事故)。
1987:ガッシャブルムⅠ峰(8068m)敗退、ルプ・チュリー(テントピーク5663m)。
1988:ダウラギリⅠ峰(8167m)北東稜(敗退)。
1989:サガルマータ(8848)東南稜ノーマルへ副隊長。
1990:イムジャツェ(アイランドピーク6165m)冬季。
1991:モンブラン(4807m)登頂。
1992:チョー・オユー(8188m)に参加。
1993:厳冬季アマダブラム(6814m)とクーンブトレッキング。
1994:ランタン・ウルキンマン(6161m)北稜初登攀。
1995:マナスル・ノーマル(8163m)敗退。
1995/96:厳冬季ナンパ・ラ(5741m)・パサン・ラム・チュリー(7351m)偵察。
1996:パサム・ラム・チュリー(チョー・アウィ7351m)ネパール側から初登頂
1997:西ネパール、ムグ地方のカンティ・ヒマール(6859m)偵察と国境の6135m無名峰と6328m峰初登頂.
1998:同上、カンティ・ヒマール(6859m)南壁(敗退)、フムラ地方へ横断してチャンラ(6150m)北西峰初登頂。
1999:トルボ地方、国境のイェメルンカン(6024m)初登頂後ムグへ国境南の無人地帯を横断してジュムラへ出る。
2000:フムラ、北西国境のナラカンカール(6062m)チャンワタン(6125m)初登頂。
2001:ムスタン、ツァーラン西の無名峰(6270m)南東壁初登頂と全ゴンパ詣でをする。
2002:ムスタンヒマール・アラニコチュリー(6034m)西稜初登頂とサリブン(6321m敗退)。
2003:ツラギ峰東面(敗退)とプンギ(6538m)東南壁偵察。夏にトルボ、ノルブカン(6008m)北壁初登頂。シェー・シカール(6139m)敗退。イェメルンカン(6024m)。
2004:トルボのチベット側、パチュムハム(6529m)、ギャンゾンカン岩峰(6123m)初登頂、その後、ヤルツァンポ(ブラフマプットラ)源流のクビ・ツァンポとチェマユンドン・ツァンポ源流入谷、カイラス周回巡礼。(JAC関西隊)
2005:東ネパール、カンチ北面トレックからタムール河源頭のパブクカン(カンガタ6244m)
敗退後、ルンバサンバ(5690m)横断、キマタンカ(2248m)峠周辺を偵察してアルム河を下降。
2006:上トルボ、シェー山(5576)m周回巡礼後国境峠、5度目の訪クン・ラ(5411m)、河口慧海の1900年日誌による足跡の解明。
2007:上トルボ、シェー周辺とカンテガ(チャムズー6060m)北壁初登攀。ブリガンダキからシャール・コーラに入谷。
国境源頭、プーチェンヒマール(6049m)頂上直下で時間切れとなり、ラルキャ・ラを越えてツラギ(7059m)西壁の偵察。
2008:ツラギ西壁新ルートに挑むも、頂稜3ピッチ下で敗退。夏からミャグディ・マタ(6273m)東南稜、イエティ捜索隊(イエティ・プロジェクト・ジャパン)に参加、イエティの撮影に失敗。
12月からムスタンの東・ダモダール・ヤク・コーラからラブセ・コーラ、氷の回廊をナール・へ横断成功。
2009:4月ランタンリルン北壁の接近路調査とルート偵察、引続き西ネパール登山隊でムグ  
地方、国境ナムジャ・ラ東のカプタン峰(5965m)北西稜から初登頂後、トルボへ国境沿いルートから二度目の横断して8月末にポクスムド湖へ出た。
2010:フムラカルナリ河のチベット国境・最西奥のヤリ村、南西から流れるヤンシ・コーラの
全ての谷に入りサイパルダダの5000m級の山々を超えるべく試みをするもルート見出せず。
2011:極西ネパール(サイパル周辺、アピ南西、ロワートルボ)
2012:東ネパール(ヤルン氷河カンチェンジュンガ氷河、マカルーBC)&西ネパール(ティンマール・ゴンパ) 




水谷 弘治


大阪山の会 代表
日本山岳会(東京摩支部、関西支部会員)
日本ネパール協会・会員








(山歴)
 1957年  大阪山の会 入会
 1971年  大阪府山岳連盟ネパールヒマラヤ登山隊に参加
        カンジロバヒマール ツオカルポカン 初登頂
 1977年  カンジロバヒマール カンチュンネ 未登頂
 1984年  台湾、楠梓仙渓・右俣~玉山 初遡行
 1995年  ランタン ウルキンマン
 1998年  カンティヒマール~ムグ~シミコット
 2000年  西ネパール ナラカンカール 登頂
 2001年  ムスタン 6300m峰 初登頂
        ヨーロッパ、チロル・ウイルドスピッエ(山スキー)
 2003年  トルボ~西ネパール・アルニコチュリー
 2007年  トルボ・カンテガ~ブリガンダキ~ツアールコーラ
 2009年  ムグ・カプタン~トルボ横断~ポクスン

 1957年~2015年 大阪山の会で登山活動 
 1970年  北岳バットレス中央稜 厳冬期第3登